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水を潜り生と向き合う――映画『Waves』感想 2020年冬

最近観に行こうと思っていた映画を悉く見逃している。気休めに過去に映画館で観て心に残った作品を遡っていて、イギリス留学中に観に行った映画『Waves』の感想メモを掘り起こした。レビューの印象などは当時のもの。日本公開前の話。

 

南フロリダの広大で美しい風景、センスが良すぎてちょっと映画から浮いてるようにさえ思えた選曲(フランク・オーシャン、ケンドリック・ラマー、H.E.R.など)、『ムーンライト』を彷彿とさせる映像詩的な表現――以上がこの映画の全体的な特徴だろうか。

物語は「兄の物語」である前半部と「妹の物語」である後半部に分かれる。英語のレビューをざっと見た限りでは、前半だけ良かったと言う人と、後半の方が好きだと言う人、半々くらいの印象だ。私は完全に、前半の「兄の物語」は後半の「妹の物語」のためにこそ存在するものと感じた。だって兄には全く同情の余地がないから。

後半の「妹の物語」は前半と比べてスローテンポだが、とても大切で重いパートだ。妹は兄と比べると、厳格な両親と適当に折り合いをつけて生きてきたであろうことが、キリスト教に関する描写から想像される。あるいは、両親の期待とプレッシャーが兄に集中していたために、うまく「すり抜けて」生きてきた側面もあるだろう。

前半の出来事を経て、彼女はとある後悔を一人で抱え、周囲の目に人知れず傷つきながら過ごすことになる。ある男との出会いを起点に、彼女が「自分の」「生身の」体験を大切にしてゆく過程がかなり繊細に丁寧に描かれるのが後半のポイントだと思う。彼女はマナティを見に川へ行き、川へ飛び込み、また別の場面でも水の中をくぐる。水とは、自らの身体の感覚、生の感覚を意識させるものだ。水という象徴的要素もあいまって、このあたりの妹の表情からは単なる恋の喜びというよりも、自らの生を生きる喜びが感じられる。

さらに彼女は、病人を見舞う体験を通して「家族」と「赦し」について考える。どんな酷いこと、法に触れることをしても、その全ての悲しみや苦しみを全員で共有することでしか自分と家族は前に進めないと、彼女は気付いてゆく。後半部の途中で彼女と父は、それぞれの「もっと違った行動を取れたはずなのに」という後悔を打ち明け、痛みを分かち合うことでようやく心を通わせる。また、彼女はおそらく兄の失敗があったからこそ、母に正直に自分の出来事や気持ちを伝えようという意思表示をする。彼女は信心深い人間ではなかったけれど、結果的に、自分にも他人にも心を開くことで家族全体を救済することになる。

妹は自らの生を主体的に捉えたうえで、家族と恋人と本当の意味で関わり続けることを選び、そのことによって家族に償いと赦しの道筋を示す。だいぶ胸糞な前半部もその過程を描くための筋立てだったと思えば、音楽先行で作ったわりには良くできたストーリーだと思う。